empyrium - The Ensemble of Silence
empyrium - The Ensemble of Silence
(via All sizes | 1908 Claude Monet Nymphèas(collezione privata) | Flickr - Photo Sharing!)
(via kikuzu)
Antonio Loureiro-Luz da Terra
旅の思い出には本の思い出がセットになることが多い。
一昨年、転学科試験に合格した日、嬉しさの余り雪の残る3月の高尾山に思いつきで登りに行った。理由を聞かれると困るが、行かずにはいられなかったのだ。その日には島崎藤村の「破戒」を持って行った。前日までにかなり読み進めていたため、帰りの高尾山口駅でちょうど読了したのだが、最後に旅立つ丑松が乗った橇と先刻まで歩いていた雪道をリンクさせていたことをよく覚えている。
より良い読書というのはやはり何らかの現実体験と結びついたとき実現されるのだと思う。それには読者の性格や人生経験に依り無限通りの在り方がある。たとえ物語の筋からは外れた一文であっても読み手の人生経験の一部と反応し結びつけば、それはその人の「読書」になるのだ。それがたとえ書き手の意図しない読み方であっても、である。ここが読書の面白さだと私は思う。
旅先では行動が制限される分、その時の一つ一つの経験がよりクリアに浮かび上がる。また、書物は伝達情報が非常に制限されたメディアである。そこには画像も音声もない。旅と書物の相性が良いのは、そういった読者個々人の想像に委ねられた余白と旅先で生まれる空白の時間とがぴったりと重なるからなのだろう。
Bach: Concerto for 2 Violins in D Minor. Corelli: Concerto grosso #4 in D Major
(via kikuzu)
syrup16g 「sonic disorder」
「悲しみの歌」において、著者である遠藤周作は、過去に犯してしまった自分の罪に苛まれ続けている町医者、勝呂を自殺によって救った。正確には、勝呂を天国に送ってやることで彼を救いだしたのだ。どこからか。のっぴきならない現実と、彼を苦しめ続けていた罪の意識からである。死と、その先にある天国によって、勝呂は、ようやく永遠の安寧を手に入れたのだ。木にぶら下がった勝呂の遺体を見つめる犬の視線は、彼を天国へと見送る遠藤周作の優しさを孕んだそれと重なる。
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(Source: midnightyukai)