February 2012
42 posts
疑いは知の基である。よく疑う者はよく知る人である。南洋孤島の酋長(しゅうちょう)東都を訪(と)うて鉄道馬車の馬を見、驚いてあれは人食う動物かと問う、聞いて笑わざる...
– 寺田寅彦「知と疑い」
嫌われるかも、、、という価値基準をとにかく捨てる。...
– マドモアゼル・愛のぶらりブログ (via shusdiner)
The Sun does arise,
And make happy the skies.
The merry bells ring,
To...
– The Echoing Green / William Blake
知的で、重苦しい音楽会だった。人びとは耳よりも頭脳の労働に疲労した。理解しがたいという表情はここでは現わしてはならないのである。そのような点で、聴衆のだれもが、こ...
– 松本清張『砂の器』
自分はmixiもtwitterもFacebookも、やってることは全く一緒だと思っています。思っているというか、感じます。
...
– SNS衰退の理由を考えるとどうしても「人間関係に飽きた」に行き着く | imasashi.net (via yukio)
The wind drops.There is a moment of utter stillness which he would wish...
– Disgrace, J.M.Coetzee
「なにをぐずぐず、ためらうことがある?……いいかね、問題はぼくのことだけじゃない。あんただって、けっこう、同じくらい被害者なんだろう?だって、そうじゃないか、現に...
– 阿部公房『砂の女』
これはあなたの人生だ。
好きなことをやれ、好きなだけ。
何か嫌いなことがあるなら、変えろ。
仕事が嫌いなら、辞めろ。...
– ずっと君のターン - [徒然]Holstee Manifesto (via hita-hita)
…折から日本は近代登山の勃興期で、私たちも英・独・仏の山岳書を勉強したが、仲間のうちには休暇になると惜しげもなくその本を売りはらって、登山の費用に代えるものがあっ...
– 桑原武夫 「書物嫌いの読書人」
己は詩によって名を成そうと思いながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交わって切磋琢磨に努めたりすることをしなかった。かといって、又、己は俗物の間に伍することも潔...
– 中島敦「山月記」
われわれはベトナム戦争について多くのことを知識として知っている。しかしAPのある報道写真家が撮った「路上の処刑」という写真ほど、ベトナムの意味を理解させるものはな...
– 多木浩二「写真論集成」
—まるで床が砂か砂利か敷石であるかのように、その上を私は歩いてきた。...
– 去年マリエンバートで
音楽がやりたくて上京してうきうき大学のバンドサークル入ったら
そこに吐いて捨てるほどいた「Judy and...
– フジファブリックが好きな女子なんて… - 東京エスカレーターガール (via dita69)
January 2012
12 posts
めくるめくような想いがしてみたいのだ。死なんばかりの快楽、恋から出た憎しみ、胸のすくような立腹などの。知識欲とは縁を切った己の胸は、今後どんな苦痛をも避けぬつもり...
– ゲーテ『ファウスト』
過去、人類の歴史をふり返れば愚行が私刑とか集団殺人とかいう極端の一種に走った例は数限りなく存在する。喫煙者差別もついには魔女狩りのレベルにまで達したが、差別する方...
– 筒井康隆 「最後の喫煙者」
酒を飲む祐太とギターを弾く翔太 @三浦邸
部屋が汚いとか言いつつ楽しそうにしてるツンデレな奴らだ。
可換環の発表by翔太
次回はイデアルのprimary decompositionを加群の話に拡張するので、今回はその準備として加群の局所化について。
中山直子さんが,神奈川県にある前田橋バス停のそばの材木置き場がゼータのすみかであることを知らせてくださいました.” ”中山さんの話では,ゼ...
– 数学者・加藤和也の発言